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まずはネギ・スプリングフィールド、古菲、超、フェイトなどが使っている「中国拳法」にスポットを当てて考察していきます。
使用者が多い、主人公が使っている……等の理由はありますが、
私が考察しやすかったので(爆) まぁ、趣味の問題です。
中国拳法の考察に入る前に、まず拳法とは何かを記したいと思います。
専門用語が多いので、その解説ルビの代わりだと思っていただいてもかまいません。
「明日のためその1」だと思ってお付き合いください。
・本来中国拳法とは、中国に存在する拳法、数多の徒手格闘技の総称で、ひとつに体系化された技術を表すものではありません。
個々の特色と独自の技術体系を持っています。
中国拳法では、その枠に属する拳法を「門派(もんぱ)」と呼び、分類します。
中国拳法を学ぶ者は、そのいずれかの門派に属することで、個々の特色と独自の技術体系を習得していくことになります。
門派は数多く存在し、それぞれ異なる特徴を持ち、
いくつかの共通点において分類することができます。
分類方法は、伝承地域と技術によってわけるのが一般的です。
魔人師兄
「――と、いうわけで。魔法先生ネギま!に登場するキャラクターの戦闘能力について、考察を行うように頼まれたわけだが……正直、めんどくさ――」
チャチャゼロ
「(チャキッ)御主人ノ頼ミガ、キケネーッテノカ?」
魔人師兄
「いえ、誠心誠意答えさせていただきますので、なにとぞ、この頸動脈に突き立てている刃物を収めてください。お願いいたします」
チャチャゼロ
「チッ!根性ネェナァ(チャキッ)サッサトハジメロヤ」
魔人師兄
「とは言っても、解説すべき戦闘能力を持つ人間が多すぎるんだ。しかも多岐に渡りすぎていて、とてもじゃないけど全部はお手上げだね」
チャチャゼロ
「初ッパナカラ手抜キカヨ」
魔人師兄
「まぁ、言いたいことはわかる。だけど、魔法のことなんかも含めて考察するのだとすればだ、魔法の専門家の考証も必要になる。要するに大雑把な説明か、専門的な説明かの二択になるわけだ」
チャチャゼロ
「ケチクサイコトイッテンナ」
魔人師兄
「無い袖は振れないのでね。 その代わり時間があったら、魔法なんかもキチンと考察していくので、カンベンしてくれ」
チャチャゼロ
「ンジャ、サッサトハジメロヤ」
魔人師兄
「了解だ。それじゃ、早速始めようか」
魔法先生ネギまのお話。
いよいよ次回(なのかな?)に、ネギが夕映から
「世界各地で苦しんでいる人々を、魔法で救うことができる」
「この革命によって、超は、不幸な未来を回避することができる」
の2点をふまえて、尚、超を止めねばならない論理的根拠を示される展開のようですが、
この夕映の論理的根拠を推測……というか、自分なりに考えてみました。
その結果として、以下の点が上げられます。
: まず、ネギがタカミチから提示されて、最も頭を悩ましている点は、
「魔法が世間に知れ渡れば、もっと多くの困った人を助けられる」ということでしょう。
なるほど、一つの理屈です。
ですが、この問題には致命的に無視した部分があります。
それは、魔法が世間に表だったために、魔法使いが迫害を受けたり、もしくは魔法を悪用しようとする人が出てくることです。
残念ながら世の中では、肌の色や宗教観の違いのために、迫害や争いが絶えません。
もし魔法使いという存在が公になれば、当然の如く、その能力に畏怖する人々や、宗教関係者との血で血を争うことになるでしょう。 それは一つ間違えれば、中世魔女裁判の繰り返しに発展するかもしれません。
銃というものが発明され、与えられた利点、そして起きてしまった欠点を考えれば、魔法がどのような道を進むのか、自ずと想像できてしまうところであります。
もちろん道具は道具、意図するべきものでなくても、ダイナマイトのように使われてしまうことは、想像に難くありません。
また、「多くの困った人が~」とありますが、数を多く助けられればいいのでしょうか?
100人の困った人がいて、仮に1人しか助けられなかった場合、それは「失敗」「間違っていること」なのでしょうか?
戦場の未帰還兵を助けるために、戦地へと救出に行く部隊が、一人しか助けられず、また、部隊にそれ以上の死傷者を出してしまった場合、その作戦は失敗でしょうか? 死傷者は無駄死にでしょうか? 助けられた未帰還兵に助けられた意味はなかったのでしょうか??
数字だけでものを見るのは必要なことです。 ですが、それが正しいかどうかは別問題だと思います。
困った人を助けるのは「数の大小」や「損益」で比べるものでは無いと思います。
できないことは無い物ねだり。でも、自分の手の届く範囲の事は、取りこぼしのないように、できるだけ拾い上げ助けていく。
――何が正しいかと言えば、それが正しいと思うのですが、どうでしょうかね?
いや、正しいかそうでないかと言うより、自分はそうあって欲しいと願うのですが。
つまり、どちらがよりよいことを比べること自体が、かなりナンセンスで、少なくとも今回の事件は、首謀者の超より何も明かされていない以上、目の前で困っている、もしくは困ってしまうものを助けるが、正解だと私は考えています。
何より、教師としてネギくんには、「人が困ることをしてはいけない」ということを、超に真正面から言って欲しいものです。
例え青臭かろうと、偽善と言われようと、最初に超を助けたときに、教師と生徒であると啖呵を切ったのですから。